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疑うこと、学ぶこと・・・

私は疑い深すぎたり、だまされやすかったりする。極端なのだ。
これまでも、多くのことに疑問を持ってきた反面、些細な冗談にも簡単にだまされるので前の職場でもよくからかわれていた。

子どもの頃は、光とは何か?とか宇宙の果てはどうなっているか?ということに疑問を持ち、勉強することでその答えをもらえるのが嬉しかった時期があったけど、それに行き詰まった時、勉強をする意味についても疑問を持ったし、生きていく意味についても疑問を持った。私なりに答えを見つけながらここまで来た。

疑うことは学習の動機付けに効果的だし、学問は疑うことで発展するのだなと思う。学問の中でプライオリティをつけると哲学が最初にくるから図書館で哲学の本の分類が最初なのだろうし、この人は勉強しているなーという人からは「結局のところすべての学問は哲学につながるよ」という言葉をきくことが多い。
哲学と宗教学の違いは、神の存在さえもすべての存在を疑う立場をとったうえで学問をすすめるのか、神の存在は信じる立場で論じるのかの違いだと聞いたことがあるような気がする。あんまりその辺をちゃんと勉強したことがあるわけじゃないけど。

社会の中で、学んでいた方がよいという評価はやっぱりあると思うし、私は「学ぶことに価値がある」という立場でいなくてはいけない職業についている。疑ってその答えを学ぶこと、追究することに価値があるとは思っている。

でもね、「信じるものは救われる」って言葉通り、何の根拠もなくても楽しい明日が来るって信じていられる方が精神衛生上よいし眉間の皺もできないし、幸せなような気もしたりする。敬虔に仏教を信じているブータン人に接したときもそんな感じがしたのだよな〜。まぁ、相手の言うことを鵜呑みにして詐欺師や悪徳商法やってる人にだまされてはいけないとは思うけど・・・

日本人は極端に疑いすぎて不安になったり、逆に簡単にだまされてしまったりするところがあるので、疑うことと信じること、バランスをとらなくてはいけないのではないかなと思う。私自身への自戒も含めて。

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